孤独な私がおしゃべりしたい時間

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月平均15冊以上本を読む魔女の読書記録と心に残ったあれやそれ。

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嫌われる勇気とは「普通であることの勇気」。怒りをコントロールする方法について。

突然ですが、

怒ることは疲れますよね…。

 

他人に怒ることも自己嫌悪も

している時は感情に焼き尽くされ、

収まり始めるとぐったりします。

 

・仕事のトラブル

・日々のイライラ

 

これらを発生させる

根本的な原因は何でしょうか…?

なんで怒ることを止められないのでしょうか。

 

今回は「怒りをコントロールする方法」について

考えてみました!!

 

 

1.そもそも「怒り」とはどのような状態なのか。

 

※ここでは心理学的な分析ではなく、

あくまで体感覚を述べます。

 

そもそも「怒っている」時

私たちの心の中では

何が起こっているのでしょうか…?

 

私たちは怒っている時

感情をコントロールできなくなる、

つまり感情にのみ込まれています。

 

他人が絡むことへでも

自分の不甲斐なさへでも

世の中の理不尽なことへでも

 

怒りの感情が心の底から

ふつふつと湧き上がってきて

我々をダークサイドへ誘い込み

 

荒々しい態度をとらせたり

そっけない態度をとらせたりするのです。

 

もし感情をコントロール出来たら

 

冷静に、スマートに気持ちを切り替えて、

「次にどうすればいいか」に

思考をシフト出来たなら…

 

怒りで時間を消費するより

ずっと有意義ですよね!

 

ということで、

怒りをコントロールする

方法を考えてみましょう。

 

2.私たちは本当に「怒り」に逆らえないのか

今回参考にしたのは

 「嫌われる勇気」(著:岸見一郎・古賀史健/ダイヤモンド社

です。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

本書は明確に

「人間は感情に逆らえない人物である」

という主張を否定しています。

 

例えば

後輩に対して怒り狂っている状況で

上司がちょっと…と声をかけてきたら

上司にも怒り狂った態度で応戦しますか?

 

そうじゃないですよね。

 

つまり怒りであろうとも、

私たちはコントロールできるんです。

 

でも怒ることで、言葉を使わずに

無抵抗な相手を屈服させることが出来る

だから怒りを手放せないのです。

 

3.「他者に対して優位でありたい」なんて思ってない!!

他の人に対して

 

・優位でありたい

・下に見てやりたい

・マウントをとってやりたい …etc

 

そんなこと、思ってないですよね?

ただあの人がちゃんとできないから

あの人のために言ってあげているだけ。

 

でもそれ、本当にあなたがすべきことでしょうか…?

 

あの人が私に感じ悪く接しているのが悪い!

あの人が私を不快にさせているだけ!!

 

これってどうしようもないことなのでしょうか…?

 

「嫌われる勇気」の中では

「他者の課題」と「自己の課題」を

分離して捉えることの重要性を主張しています。 

 

すなわち、

 

・あの人が私を嫌いになる⇒これは「相手」の問題です。

嫌われない様に振舞う、ことはできても

実際に嫌うかどうかは相手の問題であってこちらから操作することはできません。

 

・嫌われているのを「気にしないようにする」⇒これは私の問題。

自分の行動・考え方次第で変えることが出来ます。

 

この線引きを間違えることが人間関係トラブルを生み出します。

この考え方は境界線(バウンダリー)に着目する考え方と似ていますね。

 

witch-of-book.hatenablog.com

 

例えカウンセラーであっても、

カウンセリングを受けた相談者がラフスタイルを変えるのか変えないのか、

そういったレベルの問題でも、

相談者本人の課題にカウンセラーは介入できない、という主張です。

 

つまり自分が介入できることとできないこと、

この見極めをしっかりして、

あくまで自分をコントロールすることが怒りを制御することにつながるのです。

 

4.【最大の課題】私は普通の人間だ!!と認める

この問題の中でもっとも難しいと考えられるのは

「自分にはできないことがある」と認めることです。

 

え?そんな事当然じゃない、と思われるかもしれませんが、

怒りは相手をコントロールすることを意図しています。

(極端な話大声で怒鳴りつければ相手が謝ってくれる、と思うから

飲食店で店員を怒鳴りつける人がいるのです)

 

逆に言えば、相手が自分の思い通りにならないから「怒る」。

しかも怒っても相手は自分の思い通りにならないから

さらに怒りが増すわけです。

 

であれば簡単、「相手を自分の思い通りに動かすことは無理」とあきらめるのです。 

 

・恋人なんだから愛しているなら私のために変わってくれるはず

・私の方が仕事が出来るんだから正しいことを言えば変わるはず

 

様々な理由をつけて相手を操作しようとしますが、

そんなことはできません。

 

学生時代心理学の教授が

「相手を思い通りに動かすことは絶対にできない。

心理学者を何年やっても、それは無理!!」

と繰り返し言っていました。

 

先日の記事でも書きましたが、

基本的にどんなに愛情があろうとも、

人間は他人に指図されて行動することを

そもそもプラスに捉えづらい生き物。

 

「私なら出来るはず!!」という気持ちが怒りを生み出してしまうのです。

witch-of-book.hatenablog.com

 

5.まとめ 他者との付き合い方

「嫌われる勇気」では

相手が自分の希望通りに動かなくても、

なお信じられることこそが「愛情」だと述べています。

 

「希望通りになる」すなわち「褒める」なんて行為もNGです。

 

相手を評価するのではなく、感謝することが

そして貢献することが他者へのあり方として推奨されています。

 

これはカーネギーの「人を動かす」の内容と相反する気がしています。

(「人を動かす」では相手を褒めることは有効な手段として捉えられています。)

この点についてはまた後日別記事で触れたいですね。

 

人を動かす 文庫版

人を動かす 文庫版

 

 

「人を動かす」と「嫌われる勇気」どちらも近年流行したビジネス書ですが

相反した記述があった場合人々はそれをどう消化しているのか、

この点も個人的には非常に気になります。

 

余談であり最大の争点

「嫌われる勇気」ではトラウマの否定から話を始めます。

自己の劣等感、能力のなさを認める = 自己受容

を主張し、「何を持っていないか」より「持っているものをどう使うか」を

考えるよう促します。

 

このトラウマの否定は個人的に

防衛機制の「投射(投影)」の考え方に似ていると思います。

(当該書籍の「権威づけ」も防衛機制の「同一視」に似ているような…)

 

防衛機制フロイトの理論に基づく単語。

前提としている背景が違うから同じ単語を用いて説明することが出来ないのでしょうか…?

 

ビジネス書では頻繁に心理学の用語が使用されますが

心理学の用語、物事の捉え方は他の科学と異なり

現象があってそれに名前を付ける、というマンツーマンの関係ではなく

現象があってそれをどんな理論を踏まえて見つめるかに依拠している気がします。

 

現象単独の名前だけを見るのでは「捉え方」をつかむことが出来ません。

最近のヒットビジネス書はライトで読みやすく、

恐らく筆者の方はしっかり理解して書いてくださっていると思いますが、

私たちもその上澄みだけではなくバックグラウンドを理解せねば

本質をつかめないのでは…?

と思う今日この頃です。

 

心理学には興味があるので事象の名づけ方についても

また機会を見て考察したいですね!!

 

最後まで読んでくださってありがとうございました~

 

続きの記事ができました!!

【通り魔同然!?】クレーム処理は幽霊か - 孤独な私がおしゃべりしたい時間